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Choice

好きをみつける→仕事にする、をサポートしている日々の記録と人生相談を受けて思う事

ライターの仕事と副業話

ライターの仕事に応募した話

先日、ああ旅に出たいなぁ・・・とふと思い立ち、行きたかった場所をリストアップしていたら、気づけばライターの仕事に応募していました・・・。

文章は書かなければ、あっという間に書けなくなります。ただつらつらと書くのはいいのだけれど、仕事の文章がスムーズに書けない。

 

挙句にはメールのやりとりでも、ドキドキする始末です。ああこれ、あかんなぁ・・・と感じました。話すことと、書くことは全く違うし、私の日々の作業は会話が中心で常にチャット形式のようなものなので、いい方法はないかな~と探していました。

 

簡潔に、長文を書くことを忘れてしまった。そんな事を思い、外部の仕事をすることにしました。 もともとその為に、このブログ始めたんだったなぁとも思いつつ、既存ブログに広告を張り付けて収益化するのは、見た目がなんとも気にくわないのでした。そんな理由から、この新しいブログを作ったのでした。

 

そして旅に出たあとどうなっているかはわかりませんが、結局は”何かを残したい”から応募したんだな~と気づいたのでした。

 

目的はお金なの?

もちろんライター応募の理由はお金です。当たり前です^^

いまは、お金もらえないことやりたくないです・・・。これは学生時代に散々ボランティア活動をして、また自分で仕事をするようになって、無料モニターや無償のお試し枠などのメニューも組んだりしたことから知ったのですが、自他ともにお金を介さないと結果が出ないことがよ~く分かったからです。未経験でも最初からお金をもらって描くことで、気合いが違うよね・・・。

 

欲望が明確になる

お金はもちろんですけど、それ以外に自分の欲望も沢山つまっています。素敵な写真をシェアしたいとか(みせびらかしたいのかもね)美しいなと思った時間を発信したいのだと思います。あとは現状は日々、作業場にこもって製作しているので、そんな毎日でも、地球上ではいろいろなことが起こっていて、沢山の人がSNSやらいろんなことで伝えてくれていることに、いろんな刺激を受けてきたからだと思います。

 

自分も発信する側に立ちたいんだな~と書きながら、やはりサービスは提供する立場にいた方が、私はむいているという事がわかったのでした。

もちろん、受け取ることもきらいじゃないんだけれど、自分のスタンスを発信することが好きになったんだなと。

 

お金目的で失敗した話

メンタル面やマインド面が、どうなっているのかを知りたくて、気づけばカウンセラーやコーチやらいろいろな道を通って膨大な知識を得て、それはもう絶望も絶頂も経験してきました。

 

人に結果を出してもらうには、それ相応の対価が必要で、お金って覚悟だったんだなぁ~という事を痛感しています。当たり前のことなんですけどね。

 

結局いまは入ったお金は全部使う、自転車操業の一文無しなのだけれど、結局お金があろうとなかろうと、自分がやりたいことはやというのは変わらないです。

 

 

好きを知るためには、嫌なことを知ること

そうはいったって、お金が無いと旅に出れない。素敵な宿に泊まれない、おいしい物を食べれない!!!いいカメラが買えないじゃないか!!!!

なぜだかイライラしてきて、不満とうっぷんがでてきて、しまいには涙まで出てきました。

 

そんなわけで、わたしはとびっきり素敵な宿に泊まりたかったらしい。おいしいものを食べたかったようです。

また、カメラワークがしたいらしい、という事にきづいた事と沢山の建築をみて、意味不明な見たことないものとか、食べたいみたいです。

 

好きなことは?と聞かれて瞬時にこたえられますか?

ただ好きなことや、やりたいことを考えても、あまりアイデアは浮かびません。それなのに、今の不満とか、お金がなかったら○○ができない・・・とNG事例はわんさか出てきます。

これらから書き綴っていくと、したい事や欲しいもの、気づけなかった「欲」も見えてきます。

 

これは決して消去法ではなくて、まず吐き出すことの大切さ、なのだと思います。普段お客さんに伝えることで、わたしが思い出させてもらっているのかもしれません。

 

不満が多い人は、じつは欲望とか期待が沢山ある。

欲っていいものだな~と今は思うけれど、学校や社会ではやれ節約だの、やれ我慢だの、嫌なことを我慢している私偉いでしょムードがあふれていて、そんな社会がただただ怖かったです。

みんなが楽しいって言っている会社勤めも、職場の人との飲み会も、わたしは全然楽しめなかったのでした。

 

価値観が違う中で、楽しそうな人の中にいるのは中々ハードです。それぞれ好きにしていいよ~ならともかく、体育会系だったり一つの目標を達成するために進むのが好きな人々は、心理的な距離感も近くなるのは当然なのですが、それを相手にも強制したり、または毎日過ごす場所が、快適でないと私はそこにいるのがただただ苦痛なタイプの人間でした。

 

ああ、感受性の強さ(他人との境界線の感覚が弱いとも言えます)を隠していたんだな・・・と思い返しています。