Choice

好きをみつける→仕事にする、をサポートしている日々の記録と人生相談を受けて思う事

好きなことを知るために、いちばん大切なこと

好きなことを知るために、いちばん大切なこと

わたしは服を買う時に「これ似合うよね~貴方っぽい~」と仲の良い友人に言われることがよくあった。似合うと言われて、ほかにも気になる商品があったのに、勧められたものを買った。

結局、これで満たされたことは無かった。その服はすぐに、着ることをやめてしまった。

 

これは自分がファッションが好きで、衣食住に関しては自分のセンスで選びたい人間だからこうなっているのだけれど、それを自覚するのにはいい機会だった。みせ方を考えるときは、プロにコーディネートを頼むこともあるけれど、それはセミナーの仕事でとか、○○のパーティーで▽▽な人々と会う。そういった人たちに失礼のないように、かつ興味を持ってもらうために必要な服装は何か?という明確な目的がある。

 

自分でしか、自分の”好き”は知る事ができない

まず、自分が好きなことを知ること。これまで好き!と思った事が分からない・・・という場合は、自分の”好き”をまず知ろうとすること。

 

気を付けるのは、外に答えを求めないこと。「人に○○が向いてるんじゃない?」と言われて試すのも悪くない。けれど、まず必要なのは自分が何が好きかを自覚するということ。感覚的なことは、とくに大切。

 

髪を切る美容室も同じで、自分の感覚にあう美容師さんのところにはずっと通う。けれど、どれだけ技術があって、どれだけ持ちがよくても、仕上がりが自分の好みでなければ二度と行かない。

 

仕事で気をつけたいこと

同じように、仕事でも接客業の時に恐ろしかったのは、苦手なことを得意・好きと思われていた事だった。仕事中は終始、鉄仮面のように張り付いた笑顔だったので、苦手なタイプのお客さんにも、同僚や上司などの他人からみると楽しそうに見えたらしい。さらには逃げて克服に燃える性分なので、数字が苦手なくせに攻略するのに、必死に戦っていたこともあった。これも楽しそうに見えたらしく、どんどん仕事をまかされていった。気づけば嫌な仕事ばかりで、死にそうになった。

苦手なタイプのお客さんにも、つくり笑顔で接していた。ポーカーフェイスで自分の感情を出さないのが当たり前になってしまって、得意だと思われてどんどん担当させられた。これがきっかけで、接客業でもある程度、自然体で働くことに変えた。

 

次へすすむか、いまあるものを深めるか

現状に不満は無いけれど、なんだかモヤモヤする・・・という相談を受けて、それは次のステップに進むサインだよ・・・ということを思い出した。今いる仕事場だったり、かかわっている人の中にいるのは、居心地がいい。でも何かが足りないという時は、変わるというサイン。

何か物足りないとか、何か満たされないとか、言葉では言い表せないような感覚になる事が人生にはつきものだ。

 

こういう時は『深める』がひとつのキーワードになってくるのだけれど、万人受けするアドバイスというのは無いので、個人ごとに現状を聴く必要がある。

 

出来ないことは、さっさと捨てる

ここで大切になるのが、嫌なことや作業を明確にしておくこと。その弱みをさらけ出すことで、助けてくれる人が沢山現れる。それは誰かの仕事であり、役割なのだから。自分が得意なことはどんどんやっていけばいい。もちろんやーめた!とほったらかすのでも、放り投げてしまうのでもなく「頼んだ!」「お願い」「任せた!」と人に回すこと。

 

じゃあ、結局何をすれば好きなことはみつかるのか

自分ひとりで考えると、盲点がある。自分の事をしっているのは、もちろん自分なのだけれど、自分の姿は永遠にみることができない。人の客観的な視点をつかうこと。他人からみて、どうみえるのかはもちろんのこと、人の脳ミソを借りれば、自分ひとりでは見えてこなかった可能性が見えてくる。職業は時代によってどんどん生まれては消える。否定したり、称賛したりする必要もないので、アドバイスをしない冷静に話せる人が友人にいるのであれば、そういった人と話すこと。コーチなどのプロの手を借りる事。

 

 

夢があるならそれを生きるもよし、夢が無いならそれを生きるもよし

つまりはどちらでもいい、どっちでもいいから、自分が好きと思える事をすること。喜びだったり、楽しかったり、心地よかったり。表現方法はいくらでもあるのだけれど、自分の価値観にそうこと。自分の意見を一番に大切にしていくこと。

 

自由とは、自らに由ること

何にも縛られないことが自由なのではなくて、自分の好きなひとや物と、喜びに基づく作業をしていくこと。これを繰り返していく過程で好きなものだって変わっていくし、人も変化し続ける生き物なのだから、それを受け入れて、どんなときも自分に由ること。

 

これを忘れなければ、自由に生きることができる。