Choice

好きをみつける→仕事にする、をサポートしている日々の記録と人生相談を受けて思う事

毎日ブログを書けないんです、というご相談

K「毎日ブログを書けないんです。」

私「え?それ書けないんじゃなくて、”書かない”を選んでいませんか?(無意識でね)」

 

書けないんです、と思った瞬間から人は”書けない”理由を探し出す。

< ○○できない・・・ >そう悩んでいるとき、ケースに当てはまるのだけれど、人は勝手に意味づけを行います。原因と結果の法則という本がありますが、この言葉の通り原因があるから結果が手に入る。それは逆もまた然りですべての< 結果 >には< 原因 >があります。

「原因」と「結果」の法則

「原因」と「結果」の法則

 

 

 

原因を作ったのが自分なら、それを解くのも自分

何かをしたい、行動を起こしたいときに一番必要なのは、勝手な妄想に駆られないこと。

この原因探しをはじめると、家族のせいとか、部屋が散らかっているから、PCの動きが悪いから、自分が根性が無いから、意思がよわいから・・・とか、もう頭が勝手に理由を探すようになっています。

きづけば全てのそれらが、まるで真実に見えてきますが、それは思い込みで勝手に何かのせいにしているだけ。

 

何かを責めて、行動ができるならそれでいいけれど、その行動は続かないよ?たとえ達成できても、燃え尽きるよ・・・?

 

レストランの話

レストランで注文するときの事を、考えてみてください。そのお店のメニューには写真が無い。オムライスかカレーかハヤシライスの三択で考えているとする。どうしようかな・・・と考えてハヤシライスを選んだとする。

 

こう一つに絞って、いざ自分のテーブルにその一品が来た時、わあおいしそう!と隣に座っている人は、オムハヤシが届いたとしたら?

 

羨ましくないだろうか?

残念な気分になると同時に、ここではじめて「相談」という手段を忘れていたことに気づきます。

もしかすると、ハヤシライスのグリンピースが苦手だったとしたら、ほっとするかもしれません。ああ、やっぱりグリンピースがのっていたから、頼まなくてよかった等と自分を納得させることもあることでしょう。

 

ここで多くの人は、気づきますが・・・「店員さんに聞けば、よかったんじゃない?」

 

そう、最善の方法はこれです。それが飲食店ではできても、日常ではできない人が沢山存在している。

恋人、パートナー、 上司、同僚、家族・・・すべての人と、ただ嫌と好きを伝え会えばいいのですが、なぜかそれを忘れている人が、多いです。

 

そのメニューは本当に、すべてのメニューを載せているのか

メニューに載っていなくても、飲食店でこうしてイレギュラーな対応をしてくれることは多いです。(日本人は苦手だけれど、言ってみるものです。もちろん仕込みの関係で無理なこともありますが・・・、まずは聞いてみる事。)

 

もし言い間違って、誤って『インドカレー』と注文すればインドカレーが来るように、オーダーしたものが来るのは当たり前のことです。

潜在意識と顕在意識の話をすると、よくこのインドカレー現象に困惑している人に出会います。はたから見れば「あんたが、言い間違ってたんじゃ?」という事でも、本人はカレーライス!と宣言した”つもり”になっていて、正直面倒くさいけれど人間らしくて笑えますが、自分が言い間違えたら、嫌ですよね・・・。

 

店員さんに相談してみれば、広がった可能性

「3つの選択肢で悩んでいる」

「全部を食べるギャル曽根のような体質ではない」

 

この場合まず嫌なものを明確にします

・オムライスのグリンピースが苦手

・ハヤシライスのゆで卵が苦手

・カレーのサフランライスが嫌

 

この自覚があれば、先に聴くことができます。「オムライスにグリンピースは入っていますか?」「ゆで卵はのってますか?」「ライスは白ご飯ですか?」

これでもいいし

「オムライスとカレーとハヤシライスとで迷っています。どれも好きで食べたいけれど、苦手な食べ物がいくつかあるので教えてください。グリンピースとゆで卵は抜けますか?サフランライスが苦手なんだけど、お米は白ご飯ですか?」といった具合に店員さんとコミュニケーションをとればいいわけです。

 

あなたは1つのものを選ぶもいいし、店員さんに相談することで意外な提案が出てくるかもしれない。

 

「カレー&ハヤシwithオムもできますよ、いかがですか?」

もし3人で食べるなら、みんなで一品ずつ注文しシェアすることもできますが、一人でも3種類を堪能することもできます。

 

これができるお店なら、オムカレーだけ、オムハヤシだけという注文もできます。人に相談してみれば、こうして可能性はひろがっていきます。

 

まず大切なのは愚痴→要求リクエスト(まず吐き出してから、願望をみつける)

相談するのが苦手だったり、悩みを打ち明けるのが苦手なタイプの人間は、人に相談する事を意識してみてください。

依頼というのは、< 嫌 >と< 好き >を自分が認識する事から、初めて成り立ちます。

※ちなみに、愚痴は悪ではないですよ。ただの愚痴大会は、ただの無駄なストレス発散で生産性がありません。けれども、自分を見つめる上で現状の不満や不安を知ることが行動するためのスタート地点です(もちろん、うまくいっていない人の話で、自分LOVERでスムーズに進んでいる人は、そんな事しなくてOKです。)

 

人は言いたいことが、言えない 

人のせいにしないために必要なのは、ストレートに自分のオーダー(注文)意見だったり、要望だったりを相手に伝えることです。その時に大切なことはまず嫌なことを明確にすること。(肚にどす黒い感情がたまっているならば、まずはすべてを吐き出すこと)

なにかしら不満を抱えているときに、あこがれる対象はフェイクです。

 

悩みを抱えたままでも、体力がある人は膨大なトライ&エラーを重ね突き進み、お金を手にするケースは多々ある。コンプレックスや不満やいわゆる怒り起源のスタートは、大きなエネルギーになります。

ただ、それを手にした時、全然幸せじゃないし、たのしくないので一体これまで自分がしてきた事は何だったのだろう?と言う人がいます。もしくはその瞬間だけで満足感や喜びが持続しない。

こんな一喜一憂ゲームをしたいなら、それも悪くないのだけれど、西洋的なコーチングや自己啓発の業界で、本質的な豊かさの話をしている人は、少ないです。そしてフェイクを見抜けない人も多い。

 

必要なのは”自分にとって”の幸せ

目標を定めるときに、よく考えてほしいのが、その結果は本当にあなたの欲しいものですか?他の誰かの価値観が、紛れ込んでいませんか?という事です。

あこがれるのは、決して悪い事ではありません。ただし、大切なのは何にあこがれているのかを知る事です。

あこがれは相手のもっている部分的なもの。< 要素 >や< あり方 >であって、そのあこがれる部分が何か、面をみなければ自分が本当に欲しいものとは違っていることが多いです。

 

個人はみんなそれぞれ全く異なるから、誰がやるかで結果は変わってくる。間違った目標設定の恐ろしいのは、ここにあります。

 

 

間違った電車にのれば、いくらスピーディーに到着しても、見当違いの場所にたどりつくのが速くなるだけです。なので目標設定から、丁寧に行うこと。これが一人では結構むずかしいです・・・。

 

 

 

仕事で使ってほしい事

苦手なことを自分で行っても、ストレスはたまる一方で、スピードは遅いです。なので基本的には得意な人がやる、それが組織である理由です。

これができない組織では、たのしく働いている人が少ないです。また、仕事は一つじゃなくていいので、一つの事を専門的に追及するプロフェッショナルも大切なのだけれど、すべての人がプロかというとそうではなく、そうでない幅広い知識と業界を横断する人も必要です。こういった多方面に興味があること自体が、その人の才能でもあるので、自分の強みと苦手を明確にすることで、ほかの人の役に立ちます。(さらに、自分の苦手は誰かの得意なので、それがビジネスとしてメニューになっていきます)

 

仕事を沢山知っている、作り方を知っている、人脈があるのは後者ですから・・・。マルチポテンシャライトという考え方を知っておくとラクです。

 

 

漫画版もありました。何よりも意図することが、大切なのだけれどこれはゼロ地点にいる人の話で、”悩み”があると人間は行動できない。多分、そのときには動いているツモリになっていて、ただ闇雲に動いているのは行動とは言わない。

コミック版 「原因」と「結果」の法則

コミック版 「原因」と「結果」の法則

 

 

 

ブログが書けないという理由でしたが、これはもうひとりでに勝手に理由を生み出していくので、らちが明きません。責任という言葉でも、書きましたが、それはフェイクです。自分がそう思ったときに反応をどう選択していくか、ただそれだけ。

 

やらなければならない事、なんて実際はありません 

書いてもいいし、書かなくてもいいです。自主的に、主体的に書くのであって、書いてくださいと言われて書くものではありません。それでは続かないですし、エネルギーを消耗するだけです。

「何を書いていいかわからない。」ならば、それ自体が同じ悩みを抱えている人の、答えになるかもしれません。テーマや目的を決めるのも、時に大切なのだけれど、それは書いていく中で見つかることもあります。

 

 

私は、カメラの仕事をしているときに、その期間は常に構図を考える癖があるのだけれど、その作業をしていないときはすぐに忘れてしまいます。現代はフォトショップでの加工も簡単なので、フィルムの時代と違って、あまり深く考えずに感覚的にとるようになったのだけれど、これと同じように始めることで見えてくるものだから、さっさとなんでも書けばいいです。

 

「いまPCに向かっていますよね?この会話のタイプはできますか?」なんて、会話中に速攻書いてもらうことで今回はスタートできたようです。大抵、人にコントロールしてもらうというのは、悪い事ばかりではないです。これは他人をうまく使うケース。

 

何も準備しないまま、始めるというのも全然OKです。習慣化してしまえば、その後にコンセプトを決めて、いらないものを捨てていくことは簡単なのだから。

ブログはいくつでも作れるのですよ。

 

 

お題「カメラ」