母親との関係(母親役の人の自尊心を、そのまま引き継ぐ)
母親が不本意な生活のなかで苦しんでいるとき、その母親の苦しみを目撃するだけで子どもには虐待にあたるというフレーズを目にした。家族や友達や恋人には、不完全でも構わないから楽しそうに生きていて欲しい。自分を楽しませることは決して自己満足ではない、多分、最優先事項だと思う。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2016年7月24日
母親(父親も然り)一番よく接する大人が幸せかどうかで、こどもの自己重要感が大きく変わってくる。
イライラしているお母さんに育てられるこどもは、ただただ辛い。だからお母さん方はさっさと自分が遊ぶことを優先させてほしい。
ちょうど心屋さんのポッドキャストでも似たような内容が話されていた。文書を読むのと、音声できくのとは別の楽しみ方がある。
KIQTASの「心屋仁之助の「ホントの自分を見つけるラジオ」」を iTunes で
心屋さんのカウンセリングがいいのは、カウンセリングなのに楽しいところ。ブログもとても面白いけれど、音声はもっとわかりやすい。
沢山泣いて、沢山怒って、沢山笑えばいいのだと思わせてくれる。
最近、親の話が多い。
ついでに先日まさに予備軍な人と会うことがあったので、記事にしたいけれど文章がまとまらない。
このジレンマも楽しんでしまえばいいのか・・・なんて思いつつ、エアコンを入れた。なぜかこういう内容が目に飛び込んでくる。
プレゼントも親孝行も、一人でするものだし、周囲にそれを強要しないでほしい。家族(兄弟姉妹)でチームワークが必要なのは、多分お葬式のときくらいだな・・・とふと思うのだった。
もちろん共同で行う事も、悪いわけじゃない。ただ家族の引っ張り合いというのは恐ろしいもので、力関係で生きている場合、その根っこを断ち切ること。
人に感謝されたいと思ってとる行動は、周囲を疲弊させる。